事例「事業育成が成功しない」
(組織を動かす仕組みの構築)

会社の将来の為に行う「新事業の育成」。それが失敗していた理由は、「自社の強みを活かす」事を妨げる社内の事情にあった。その事情と、問題解決に効果を発揮した「組織を動かす仕組みの構築」とは。

この記事では、経営支援の事例を取り上げ、経営や事業運営に関して問題を抱えた状態をどのように変化させる事が可能なのかについて紹介します。事業に携わる方で、問題が解決した先が見えずに悩まれている方に参考にして頂ければ幸いです。

支援前の状態

  • 複数の事業を行っており、事業毎に事業部を設置している。しかし、どの事業部も今後の大きな成長は期待出来ない。この為、将来に向けて会社全体で育てる事業(育成事業)が検討され、約一年前に一つの事業が選ばれた。
  • 育成事業として選ばれたのは、ある事業部内で既に販売が始まっている新商品に関するものであった。現在の売上は小さいが、事業部の壁を越えて販売していく事で、売上を大きく伸ばす事が期待された。
  • 育成事業の為には新しい事業部が設置され、若手の有望株(人材)が配属された。他の事業部には、各事業部が持つ顧客を新事業部に紹介し、商談に関しても全面的に協力するように指示が出された。
  • しかし、一年が経過しても、新事業部の売上は伸びなかった。この為、経営者は、新事業部は失敗したと考え始めている。

支援内容と支援後の状態

経営者は、事業部から独立させた新事業部(育成事業を担当する事業部)の閉鎖を考え始めていました。

確かに、人材や資金面で重点投資しているにも関わらず、新事業部の売上は独立前から殆ど伸びていない状態でした。経営者は、新事業部の成長性について、既に信じられなくなっていたのです。

この為、内々に、新事業部の閉鎖計画を検討する事になりました。ただし、「なぜ事業育成が失敗しているのか」という点についても調査する事を提案し、同意して頂きました。

この提案を行った理由は、今回の新事業部が失敗に終わるとしても、次回の事業育成の為に教訓を得ておくべきであると考えた為です。この会社の状況から、事業育成は今後も課題であり続けると予想されました。

そして、まず、原因分析をして解った事は、「新事業部は、独立前からの顧客以外と実質的な商談が全く進んでいない」という事でした。

ただし、表面上は他の事業部から紹介を受け、幅広い顧客と話し合いを行っていました。そして、会議においては、そういった報告が行われていました。この為、経営者は、「新事業部は売り込みを十分に行っているにも関わらず、受注には繋がっていない」という理解をしていたのです。

しかし、その理解は間違いでした。確かに、顧客との話し合いは行われていましたが、それは、受注や、その前提となる商品改善に結びつくような深いコミュニケーションではなかったのです。

そして、引き続き行った分析では、「顧客と十分にコミュニケーションを取る事さえ出来れば、新事業部に成長の可能性は十分にある」という結果が出ました。

この分析結果を検証する為、経営者には、個人的に親しくしている顧客の上層部に会いに行って頂き、新事業部が扱う商品についての意見を聞いて頂きました。結果は、「商品に改善さえ行われれば、その顧客でもかなりの量を購買出来る可能性がある」というものでした。

このような意見を顧客から聞けた事で、経営者は「新事業部に成長出来る可能性はない」という理解を改め、「新事業部の営業努力に問題がある」という理解をされるようになりました。そして、新事業部の人材を一新する事で、現状を打開しようと計画されました。

しかし、その実施については、少し待って頂くようにお願いしました。確かに、新事業部には若手を重点的に配属していた為、実力不足の面があった事は否めませんでした。しかし、若手を登用したのには、それなりの理由があり、安易に交代させるべきではないと思われました。

また、これまでの分析で、「新事業部の顧客とのコミュニケーション不足」という問題には、「単なる能力不足や努力不足だけでは片付けられない原因がありそうだ」という分析が出来ていました。そこで、少し時間を頂き、新事業部が失敗している理由についての分析を継続しました。

そして、分析を続ける事で導き出された「新事業部が失敗している理由についての結論」は、「新事業部は、他の事業部から十分な顧客の紹介を受けられていない」というものでした。

確かに、経営者の指示を受け、他の事業部から新事業部に対して、表面上は顧客の紹介が行われていました。しかし、形式的な顔合わせの後は、新事業部よりも自分達の事業部への商談を優先してくれるように顧客にお願いしているような状況が多く発生していたのです。

これは、紹介元が自分達の事業部の売上を最優先に考えた結果の行動でした。また、新事業部に選ばれた人員への妬みもあったようですし、新事業部に賛同していない役員が、新事業部への顧客紹介にブレーキをかけるような指示を出していた事も解りました。

新事業部は、若手が中心であった事もあり、このような四面楚歌の状態では、新しい顧客との関係を構築する事は出来なかったのです。

新事業部が担当する育成事業は、全社を挙げて取り組んでいたはずの事業でした。それにも関わらず、育成事業への社内協力が十分ではなかった事を理解された経営者は、大きく失望されました。

しかし、ここまでの分析で、新事業部が成長する為に解決すべき問題は明確になっています。その後は、対策を一緒に検討させて頂きました。

そして、打ち出す事になった対策は、他の事業部が新事業部に自主的に協力したくなる「仕組み」の構築でした。具体的には、新事業部に顧客を紹介し、売上が計上された場合には、紹介元の事業部(担当者)にマージンを還元するというものです。

この対策が発表された後すぐは、殆ど効果は見られませんでした。しかし、数ヶ月が経つと、各事業部から何人か、積極的に新事業部に顧客を紹介し、かつ、売上が上がるまでサポートする者が現れるようになりました。

これは、新事業部に顧客を紹介した方が自分の営業ノルマの達成が容易である事に気づいた社員が現れた為でした。勿論、これは、仕組みを構築する際に入念に計算された狙い通りの動きです。

紹介マージンは、自分の事業部の商売よりも有利な条件で営業ノルマの達成に使える事になっていました。営業にとっては、自分のノルマ達成が容易になる道があれば、それを強力に推し進める事になるのは当然です。

こうして、時間はかかりましたが、新事業部は独立前からの顧客以外とも深い関係を築き始める事が出来るようになりました。今後、新しい顧客からのニーズの汲み上げが進み、商品の改良が進めば、事業が大きく成長していく事は間違いないでしょう。

当社から見た解説

「事業の育成がうまくいかない」という事例を目にする事は珍しくありません。

事情は様々ですが、多くの事業育成の計画において、「自社が持つ強みを活かす」事が成功の前提となっている事は共通しています。

しかし、その「自社の強みを生かす」という事が、実は容易では無いのです。経営者は、「自分が命じれば、自社の持つ強みは生かせる」と考えがちですが、社員が期待通り動いてくれるとは限りません。

この問題は、社員が「育成事業に協力する余力が無い」と感じたり、そもそも、「育成事業に協力するメリットがない」と認識したりする事によって発生します。また、場合によっては、「自分達が苦労して築いてきた強みを、育成事業が活用するのは許せない」といった対抗意識のようなものが生まれるケースすらあります。

今回の会社のケースでも、新事業部に顧客を紹介した場合、その顧客の限られた資源(購買予算、担当者の打ち合わせの時間など)が新事業部に奪われ、自分達の売上に影響が出る事を紹介元の事業部では恐れていました。

結果、表面上だけは、経営者からの指示に従って顧客を紹介するものの、本心では新事業部の成功を願ってはおらず、新事業部は失敗する寸前でした。

経営者としては、「会社全体の為に、社員全員が頑張ってくれるのは当然」という意識を持ちがちであり、こうした事情にピンと来ない事があります。しかし、現実には、このような問題は多くの会社で発生し、対応は必須となります。

そして、その為には、単純な指示(命令)ではなく、「自主的に育成事業に協力したくなる仕組み」を構築する事が最も効果的であるケースが少なくありません。今回のケースでも、経営者の指示では動かなかった顧客の紹介が、仕組みを作る事で動き出しました。

しかし、このような仕組みを構築する事は容易ではありません。事情(問題点)を深く理解する事も必要ですし、目的を達成させつつ、弊害(副作用)を最小限に抑える工夫も必要です。

対策を安易には考えず、十分な分析力を持ち、また、様々な観点から仕組みの完成度を高める事が出来る人材を加えて制度設計を行うようにして下さい。