事例「周囲が勧める買収を決めて良いか迷う」
(経営者視点での判断)

周囲が勧める決断を下せずに悩む経営者。しかし、その経営者の為に行った調査で判明したのは、「経営者の視点」と「周囲の視点」との間にある大きな隔たりだった。経営者が知っておくべき「視点」に関する問題点とは。

この記事では、経営支援の事例を取り上げ、経営や事業運営に関して問題を抱えた状態をどのように変化させる事が可能なのかについて紹介します。事業に携わる方で、問題が解決した先が見えずに悩まれている方に参考にして頂ければ幸いです。

支援前の状態

  • 同業他社の買収を前向きに検討している。しかし、その為に必要となる資金負担は重い。この為、経営者は決断出来ずにいる。
  • この買収案件については、自社の役員など相談した全員が賛成している。
  • 事業内容は、生産設備の開発および製造販売。

支援内容と支援後の状態

この会社の経営者は、他の役員から買収を早急に進めるように急かされていました。

買収予定の会社(買収先)は、業界でも技術力に定評のある会社でした。この会社を手に入れる事が出来れば、自社の提案力の大幅な向上を期待する事が出来たのです。

しかし、この会社の経営者は悩んでおられました。買収によって、自社の財務状態が大幅に悪化する事を懸念されていたのです。

そこで、「買収の為に資金を投じる事は、この会社にとって本当に利益になるのかどうか」という点について、改めて検討が行われる事になりました。

検討を開始し、両社について分析した所、社内外を問わず、今回の買収に反対者がいない理由はすぐに解りました。

買収先は、技術力では業界トップ水準ですが、顧客対応力は弱い会社でした。そして、この会社(買収を検討している会社)は、技術ではなく、顧客への対応力で勝負していました。両社の統合には補完関係があり、理想的な組み合わせであると考えられていたのでした。

また、買収後についてのシミュレーションを行ったところ、買収先との相乗効果を出す事が出来れば、買収に投じた資金も十分に元が取れる(買収に投じた資金を回収する事が可能)という見込みを作る事も出来ました。

買収先をうまく活用して自社の収益に結びつける事さえ出来るのであれば、買収の為に資金を投じる事は、正しい判断である事が確認出来た訳です。

しかし、ここまで作業が進み、経営者も買収に向けて意思を固めつつある段階で、一つの注意喚起(警告)をさせて頂く事になります。

それは、「買収先の経営で求められるスキル(能力)が自社には欠けている可能性が高い」という内容でした。また、「買収先の経営に失敗した場合、自社の経営状態が急激に悪化する可能性がある」という分析結果についても、お伝えする事になりました。

実は、この会社と買収先では、同じ業界で同じように商売をしていても、「競争力を生み出す為に、経営に求められるもの」が全く異なっていたのです。

この会社は、顧客との関係が強みです。この為、「顧客との関係をいかに積み上げていくか」という点について日々の検討が行われ、一つの判断ミスが会社の業績に大きく響くような経営は行われていませんでした。

しかし、買収先は、技術で勝負している会社です。その為、「数年先を見据え、資金を投じる研究テーマを定める」という判断が経営に求められていました。もし、判断を間違い、研究開発に失敗した場合、会社の競争力は急低下する危険性がありました。そして、その場合、業績についても急激に悪化する事が予測されました。

すなわち、買収先の経営においては、これまでの自社の経営では求められてこなかった「経営に関するスキル」が必要でした。そして、その「スキル不足」によって「買収先の運営に失敗」した場合、自社の経営が危うくなるリスク(危険性)が隠れていた訳です。

しかし、今回の買収案件について意見した者は、皆、「表面的な相性の良さ」のみを見て賛成し、この点については問題視していませんでした。

勿論、買収先の経営に必要なスキルが不足しているからといって、必ずしも買収を諦める必要はありません。必要なスキルを持った人材を採用する等の方法で対応する事も可能です。

しかし、悩まれた末、この会社の経営者は買収を見送る決断をされました。

買収先の経営に失敗した場合のシミュレーションは、この決断の大きな要因となった事でしょう。

しかし、それ以上に経営者が危惧されたのは、自社内から、このリスクについての指摘がこれまで一切出ず、更に、リスクが判明した後も、買収の是非についての議論が全く活発化しなかった事でした。

そして、経営者の要望によって調査を行った所、経営者以外の役員は、「相手の会社を買収出来れば、売上を伸ばす為の強い武器になる」といった理由のみで買収に賛成していた事が解りました。

経営者以外の役員にとって、様々な案件を判断する基準は、「目先の売上に役立つかどうか」という一点でした。「将来のリスク」を深く考える習慣もありませんでした。

調査結果を確認された経営者は、自社の他の役員が、「自分とは全く違う視点で物事を見ている(判断をしている)」事に気付き、驚愕されました。そして、買収先で求められる「先を見据えた経営判断」を、自社が行うのは無理であると判断されたのでした。

更に、この点を自社の経営の弱みであると認識された経営者は、難しい経営判断が求められず、自社の従来からの強みでもある「顧客への対応力」のみで今後も勝負していく事を決断されました。そして、今後は、その目的に合致した買収相手のみを探す方針を定められました。

こうして、この会社は、技術力のある企業を買収する事によって事業拡大するという機会を失いました。しかし、事前にリスクについて把握出来た事は幸運でした。また、検討の中で、自社に合った現実的な成長方針を定める事にも成功したのです。

当社から見た解説

この事例から学べる事は2つあるでしょう。

一つ目は、「他社(社外)を分析(評価)する難しさ」についてです。

今回の会社のケースは、買収先は同じ業界に所属しており、「良く知っている会社」の買収案件であったはずです。しかし、「買収先の経営で求められるものが、自社の経営で求められるものとは全く異なる」という事を、自社だけでは気付く事は出来ませんでした。

もし、その不一致に気付く事なく買収を進めていた場合、買収後の運営に失敗し、この会社が大きな痛手を負っていた可能性は十分にあるでしょう。

しかし、こうした事は、決して珍しい事ではありません。よほど社外についての理解に長けた会社でない限り、自社が行う検討において、「社外の事情を十分に理解していない視点(社内でのみ通用する常識)」で社外を見てしまい、間違った判断をしてしまう可能性はあります。

二つ目は、「自分の周りの者(関係者)の意見を参考にする難しさ」についてです。

今回の会社のケースでは、買収後のリスクを事前に指摘した関係者はいませんでした。それどころか、リスクが明確になった後でも、それを重要視する声は上がりませんでした。

これは、「リスクの大きさに関する評価が異なっていた」訳ではなく、「検討する視点(立場)が違う」からであったと言えるでしょう。

経営者にとっては、「長期的な会社の成長・安定」が大事であり、それを基に日々の経営判断を行っていました。しかし、他の役員は、「個々の役割(日頃求められている成果)」に与える影響しか考えていなかったのです。

このように、「経営者」と「それ以外の者(周囲の関係者)」との視点が、大きく異なっている事も珍しい事ではありません。そして、このような場合、経営者は自分の周囲の者の意見を単純には頼る事は出来ないでしょう。

経営判断にあたっては、このような問題がある事を十分に理解頂き、自分の意見や、参考にしようとしている意見が、本当に適切な「視点」で分析・検討されたものであるかどうか、十分に注意するようにして下さい。

そして、行おうとしている判断に不安を感じられた場合には、必ず、その点を解決する為に適切な相手に意見を求めるなどの対策を取るようにして下さい。