事例研究(経営支援)

事例「膨大な不良在庫を売り切りたい」(商品特性を踏まえた在庫処分)

大量の不良在庫を処分したい。経営者は「割引販売の拡大」によって在庫を一掃させる覚悟を固めた。しかし、「商品特性」に関する分析では、全く異なる処分計画こそが相応しいという結論が導かれた。

この記事では、経営支援の事例を取り上げ、経営や事業運営に関して問題を抱えた状態をどのように変化させる事が可能なのかについて紹介します。事業に携わる方で、問題が解決した先が見えずに悩まれている方に参考にして頂ければ幸いです。

支援前の状態

  • 毎年の売れ残りが重なり、膨大な在庫が倉庫に溜まってしまっている。
  • しかし、その倉庫が数年後に使えなくなる事が解った。この為、古い在庫を処分する事になった。
  • 通常の店舗で行っている在庫処分だけでは間に合わない為、在庫処理の為だけの店舗を開く事を経営者は考えている。
  • 事業内容は、トレンド商品の企画製造・小売。

支援内容と支援後の状態

この会社の経営者は、数年以内に不良在庫(旧商品の在庫)を一掃する覚悟を固めていました。そして、その為に、アウトレットモールに出店する事を検討されていました。

しかし、過去にそのような出店を行った経験は無く、経営者は不安を感じていました。この為、出店する店舗に関する具体的な計画を詰める事になりました。

ただし、単に出店計画を詰めるだけではなく、同時に、「この事業における、望ましい在庫処分のあり方」といった大きなテーマについても、検討を行わせて頂く事にしました。

経営者の計画では、新しく出店する店舗に加え、既存店舗においても大量に販売する事で、在庫処分を完了させる事になっていました。しかし、その計画の数字は楽観的過ぎるように感じられ、事前に幅広い視点から確認を行っておくべきだと考えたのです。

そして、恐れていた通り、作業を進める中で、「今回の計画に関する大きな問題点(リスク)」が見つかりました。

この会社が扱う商品のジャンルに関しては、「ある商品を買った顧客は、その後しばらくは他の商品を買わない」という傾向がある事が解ったのです。

この傾向は、旧商品と新商品との間でも当てはまり、「旧商品を顧客に販売すると、その顧客は新商品をしばらくは購入しない」という事態が起きる事が予想されました。

経営者の計画では、既存店舗の売上予算は従来通り組まれており、今回の在庫処分による売上が単純に上乗せされていました。しかし、予想が正しければ、今回の在庫処分によって、新商品の売れ行きには大きな影響が出る事になります。

そして、もし、そのような事が起きれば、業績への影響は計り知れません。新商品の利益率は旧商品と比べて格段に高く、新商品の販売低迷は、この会社にとって致命的でした。

更に調査を進めた所、店舗では、日常的に旧商品の処分セールが行われている状態である事が解りました。店員も、割引された商品の方が売りやすい為、それらを売る事で営業ノルマを達成する事が日常化していたのです。

結果、店舗では、「本来は新商品を販売出来る可能性があった客にまで旧商品が売られ、新製品は売れ残りがちになる」という事態が起きている事が確認出来ました。

しかし、この会社の商品の原価は、極めて低い水準でした。この為、大幅な割引販売をしても利益は出ており、これまでは、「新商品でも旧商品でも、とにかく売ってノルマの利益さえ上げる事が出来れば良い」という考え方で店舗は運営されていました。

ここまでの調査によって、今回の在庫処分計画からは少し離れますが、「店舗での旧商品の販売量を減らす事が出来れば、新商品の販売量を上げる事が出来る」という仮説を立てる事が出来ました。

この仮説を検証する為、一部の店舗において、「旧商品の処分セールを止める」という試みを行って頂きましたが、結果は、期待通りのものでした。新商品の売上はアップし、業績へのプラス影響も確認出来たのです。

この結果を受け、計画されていた在庫処分に関して、一つの提案を経営者に行う事にしました。

それは、「処分しなければならない大量の不良在庫については、販売せずに捨てる事を検討すべきである」というものです。

経営者にとっては、「売れば一定の利益が出る在庫を、販売せずに捨てた方が良い」という考え方は驚くべきものであったようです。また、「苦労して作った在庫を捨てる」という事についても、強い反発がありました。

しかし、数字ベースで丁寧な説明をさせて頂いた他、そうする事によって「新商品の売れ残りが減らせる可能性が高い(結果、同じく苦労して作った商品を割引販売せずに大切に売る事が出来る)」といったメリットがある事を理解して頂き、この方針に納得して頂く事が出来ました。

そして、この方針に沿って在庫処分を進めていく事が正式に決まりました。

まず、既存店舗で行われている旧商品の処分セールについては、大幅に縮小する事が決まりました。また、在庫処分の為の新規出店計画についても、客が既存店舗と重なる可能性が高いと予想された事から、中止する事になりました。

こうして、この会社は業績を悪化させる事なく在庫処分を行う計画を完成させる事が出来たのです。

なお、その後、海外での処分ルート(国内とは商圏が重ならない可能性が高い)も見つける事が出来ました。この為、計画は若干修正され、実際の在庫処分においては、このルートも活用する事が決まりました。

当社から見た解説

在庫を扱う商売において、在庫が持つ重要性は極めて大きい事が一般的です。そして、一般論としては、「蓄積した在庫は悪」である事に間違いはありません。

しかし、「在庫が持つ意味合い」は、その会社の事業によって様々です。その点を十分に理解せずに、「在庫に関する意思決定」を行う事は、会社全体の利益を大きく損なう危険性があります。

今回の会社のケースでも、経営者は「蓄積してしまった旧在庫を少しでも早く処分してしまいたい」と考えていました。そして、その為には、「大幅な割引販売もやむを得ない」と考えていました。

しかし、分析を行った結果、この会社が「旧在庫の割引販売」を行った場合、「その販売によって得られる利益以上に、新商品から得られる利益を減らす」という事が解りました。

もし、旧商品の大量販売を推し進めていた場合、新商品の販売不振が長期間にわたって発生していた危険性すらあったでしょう。この会社が、事前にそのリスクを把握し、方針を変更する事が出来たのは幸いでした。

しかし、事業によって、「在庫をどのように売るべきか」という正解は大きく異なります。商品の特性によっては、「割引販売を行うべき時期」や「割引幅の設定」などの点において、複雑な取り扱いルールを定めるべきケースもあります。

検討においては、「その事業が扱う商品の特性を十分に分析・把握し、それに合った在庫の取り扱いをする」という事が重要です。採用すべき具体策は、個々のケースによって異なります。

しかし、経営者が、自社の商品についての特性を正確に理解し、それに対応した対策を検討する事は困難です。

これらの検討を行う上では、日常的に行っている商売を冷静に見直す必要がありますが、自社の商売についての「思い込み」や、自社商品(製品)に対する「思い入れ」といった要素が邪魔をして、適切な判断が出来ない事が多いのです。

そして、消費者の動向変化が速い現代においては、分析結果も流動的であり、こまめに見直す必要がある事も忘れてはなりません。

在庫についての重要な決定を行う際には、上記のような事前分析の重要性を忘れないようにして下さい。また、実際の作業を行う際には、自社の事業や商品を冷静に(思い入れなく)分析出来る人材を加える事を検討して下さい。

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